HIRON WORKS:創作の歩みと「時代」への想い


Posted April 14, 2026 by AjianoTengoku

HIRONの創作は、幼少期の純粋な衝動を原点とし、HIRON WORKSでより洗練された表現へと発展している。 静寂や余白を重視し、「もののあわれ」に通じる美意識のもとで、人間の感情と無常を描き出す。 「時代」は、過去を手放し、静かな解放を表現した作品である。

 
1.こんにちは。まず初めに、このインタビューという名誉ある機会をいただき、また「アジアの天国」の活動にご関心をお寄せいただき、心より感謝申し上げます。
Hironさん、幼少期のリコーダーという、あまりにも繊細な楽器のイメージから出発してその「最初の音」の純粋さを、どのようにしてHIRON WORKSの複雑で成熟した構造の中に保ち続けているのでしょうか。
Hiron:
リコーダーしか持っていなかったとはいえ、私の音程に対する感覚は当時から非常に明確でした。
音程を、まるで言葉のように理解していたのです。
つまり、キーボードやピアノさえあれば、頭の中の音楽をそのまま出力できる。
そのような感覚を、私は最初から持っていました。
とはいえ、頭の中の音楽を「実在する音」として聴こえる形にしたいという、原初の純粋な衝動は、今も強く記憶に残っています。
頭の中にある音楽は、自分自身が本当に聴きたい音楽です。
そして自分の好きなものは、誰かにも好きになってほしい。
その想いを共有したいという気持ちこそが、私が音楽を発表する最も純粋な動機です。
もし「最初の音」の純粋さがあるとすれば。
それは幼い頃に抱いていた「好きな音楽を誰かに聴いてほしい」という気持ちを、今もなお持ち続けているということに他なりません。
純粋さとは守るものではなく、むしろ削ぎ落とした末に、なお残るものだと考えています。
2.芸術家の精神は最初の重要な作品によって形づくられると言われます。18歳のときに書かれた楽曲を振り返ったとき、その時代のHironの中にあったどのような「火花」が、今なおソロ作品の炎を燃やし続けているのでしょうか。
Hiron:
18歳の頃の自分の音楽を振り返ると、そこには確かに未熟さも多く見えます。
しかし同時に、現在の私が決して持ち得ない種類の「衝動」が、確かに存在しています。
それは理論ではなく、説明不能な確信に近いものです。
私の音楽の特徴は、不安定な和音を美しく取り入れる点にあると考えています。
不安定な和音によって緊張を生み、安定した和音によって安らぎをもたらす。
その往復によって、心の揺れを表現しています。
緊張させて、安らぎへと導く。
それを小さく、あるいは大きく、詩的に、叙情的に繰り返していく。
それは精神の緊張と安らぎ、あるいは人生における悲しみと希望を、そのまま音として表現しているとも言えるでしょう。
これこそが、私の中に最初から宿っている音楽の炎なのだと思います。
人生は音楽であり、あるいは音楽こそが人生である。
そう言えるのかもしれません。
3.公に共有された記憶から、高校時代に新たな音楽の宇宙への扉を開いてくれた「魂の友」の存在を知りました。そのような導き手との出会いは、自らの道を切り拓く勇気において、どれほど重要なのでしょうか。
Hiron:
自分の心が世間の知識や価値観に染まりきっていない時期に、純真な好奇心のまま、そのような友と出会うことは非常に重要だと思います。
彼らとの出会いがなければ、私はまったく違う人生を歩んでいたはずです。
私の親友たちは、本当に誇るべき素晴らしい人たちでした。
そして私自身も、その素晴らしさに心から感動できる純粋さを持っていたのだと思います。
彼らから受けた影響は、計り知れません。
だからこそ、そのような友と出会えた人は、本当に幸運だと感じます。
しかし最終的に、自分の道を歩く勇気は、他者から与えられるものではありません。
それは、孤独の中で自ら引き受ける決断です。
4.ヴィジュアル系において楽器の選択は、ひとつの精神的な契約とも言えます。ある音が単なる楽器ではなく、自身の存在の延長へと変わる瞬間を、どのように見極めるのでしょうか。
Hiron:
とても難しい問いですね。
あえて定義するなら、私は「自身の存在」を「イデアの音楽」と捉えています。
そしてその「イデアの音楽」の再現性が限りなく100%に近づいた状態を、「自身の存在の延長」と呼べるのではないでしょうか。
残念ながら、その状態に到達したことは一度もありません。
頭の中にある音楽を完全に表現することは、音色においても、アーティキュレーションにおいても、技術的に極めて困難です。
私はその意味で、いまだ満足したことがありません。
だからこそ、少しでもその理想に近づこうとし続けることに価値があるのだと思っています。
5.自らの道を模索する若者にとって、真の師とは何でしょうか。技術的厳密さが重要なのか、それとも他者には沈黙にしか見えない場所に音楽を「聴く」ことを教える力なのでしょうか。
Hiron:
私ははっきりと断言できます。
技術はもちろん重要です。
しかしそれはあくまで「手段」であり、「本質」ではありません。
真の師とは、技術以上に精神的な影響を与える存在です。
良い影響を強く受けることで、人は最終的に自分自身の師となることができる。
そして自らをより高い次元へと導いていくことができます。
技術的な厳密さは必要です。
しかしそれ以上に重要なのは
沈黙の中に音を聴く力です。
それを呼び覚ますことこそが、教育の核心だと考えています。
正直に言えば、時間という制約の中で、ある種の完璧主義を自ら封じている側面もあります(笑)。
6.若き日の好奇心に満ちた試行から、現在のスタジオにおけるほとんど神聖ともいえる厳密さへ──そこにはなお「偶然の創造性」の余地があるのでしょうか。それともすべては和声の数学的構築なのでしょうか。
Hiron:
私の音楽制作は、頭の中に流れている「イデアの音楽」を、できる限り現実の音として再現する営みです。
その中には、もちろん「偶然の創造性」が入り込む余地もあります。ただし、無秩序の中に偶然はありません。
それは単なる混沌です。私はまず構造をできる限り整えます。
その上で、ほんのわずかな揺らぎが生まれる。
その瞬間にだけ、「意図を超えた音楽」が姿を現すのだと思います。
7.AFTER IMAGEやAMADEUSという共同体の章を経て、今やご自身のヴィジョンの唯一の指揮者となりました。バンドという「フィルター」を通さずに感情をそのまま作曲できる自由は、どのような感覚をもたらしますか。
Hiron:
バンドには、バンドでしか得られない喜びがあります。
そして、自分ひとりで表現する音楽には、バンドとはまた別の喜びがあります。
近年はDAWの進化によって、かつては考えられなかったほど質の高い音を扱えるようになりました。
その感覚は、驚きであると同時に、本当に大きな自由を感じさせてくれます。
もちろん、バンドという形態は、メンバーそれぞれの事情や都合によって必ず制約を受けます。
しかし私は今でも、バンドという表現形態そのものに大きな魅力を感じています。
ただ、それとは別に、自分ひとりで音楽を形にしていくための新しいチャンネルを手に入れた、という実感があります。
それは自由であると同時に、逃げ場のない厳しさでもあります。
8.もしAFTER IMAGEとAMADEUSの時代を色で表現するとしたら、それらはあなたの魂のパレットにどのような色彩を残し、HIRON WORKSというキャンバスをどのように準備したのでしょうか。
Hiron:
AFTER IMAGEは、若さゆえの情熱と勢いによって生まれた音楽でした。荒削りで、未熟で、しかし強い熱を持っていた。
色で表すなら、「赤」でしょうか。燃えるような赤です。
AMADEUSは、私の精神的な変化がより明確に表れた音楽でした。
色で表すなら、「青」かもしれません。
そこには、亡くなった恩師と出会う前と、出会った後との違いがはっきりと表れていると思います。
AMADEUSでは、抑制することによってかえって表現の幅が広がりました。
9.なぜ今この「ここ・いま」という時が、Hironさんが単独で光の中に歩み出るべき時だと感じられたのでしょうか。その直感は、この新たな始まりについて何を語りかけていたのでしょうか。
Hiron:「今」という時は、外的な条件によって決まるものではありません。
それは、きわめて個人的な動機によって訪れるものだと思っています。私がもう一度音楽を発表しようと決めたのは、メンバーのMIYU、そしてある一人のファンの存在があったからです。
そして何より、私自身の心もまた、その決断によって深く救われるように感じたからです。余白を入れることによって語る。
そのような表現も強く意識していたように思います。
では、HIRON WORKSというキャンバスはどのようなものになるのか。それは、これから私自身が作っていく音楽によって決まっていくのでしょう。私自身も、その行方を楽しみにしています。
10.現在のサウンドにおいて、原初的な本能と、和声の普遍法則を完全に掌握した芸術家としての計算された構築は、それぞれどの程度の割合を占めているのでしょうか。
Hiron:音楽において、本能と構造は対立するものではありません。
むしろ、深く理解された構造は、最終的に本能と区別がつかなくなっていくものだと思います。
現在の私の制作において目指しているのは、直感的に選んだものが、そのまま理論的にも整合している状態です。
言い換えれば、「考えなくても、正しいものが選ばれる状態」です。
11.新作シングル「時代」は、広大な時間のスケールを喚起します。デジタルの速度が支配する現代において、どのようにして聴き手に夢のような空間を生み出し、あなたの音の呼吸に同調させるのでしょうか。
Hiron:「時代」は、自分の人生そのものを表現した楽曲です。
この曲が聴き手にどのように届くのかは、私には分かりません。
しかし、聴き手それぞれが歩んできた「時代」と、どこかで重なり合う部分は必ずあるはずだと思っています。
そしてそのとき、私の音の呼吸と、自然に同調しているのかもしれません。
12.「時代 ― Farewell, O Days of Beauty」は、まるで最後の告白のように響きます。それは消えゆく美を留めようとする試みなのでしょうか。それとも過去の影からの解放の賛歌なのでしょうか。
Hiron:この楽曲は、何かを保存するためのものではありません。
むしろ、手放すためのものです。
美しいものは、必ず失われます。
それを否定するのではなく、静かに受け入れること。
その過程で生まれる感情こそが、この作品の核にあります。
ですからこれは、ひとつの告白であると同時に、
静かな解放の歌でもあります。
13.あなたの歌詞におけるノスタルジーは、苦しみというよりも高貴さを帯びています。別れの悲しみと新たな夜明けへの希望の均衡を、どのようにして見出しているのでしょうか。
Hiron:悲しみと希望は、対立する感情ではないと考えています。
むしろ、深い悲しみの中にこそ、
次の光の予兆が含まれている。
私が目指しているのは、感情を誇張することではなく、
その「本来の形」を歪めることなく提示することです。
結果として、それが“高貴さ”として受け取られるのかもしれません。
14.「時代」に漂う雰囲気は、現実を超えたようなエーテル的なものです。この「音の夢」がそのメッセージの強さを失わないために、スタジオで最も繊細なバランスを要した要素は何でしたか。
Hiron:
「エーテル的」という表現は、とても嬉しく感じました。
実際に私は、そのような質感を明確に意識して制作していました。
最も繊細なバランスを要したのは、不安定な和音の扱いです。
そして、その響きこそが、作品にエーテル的な印象を与えている要素でもあると思います。
不安定な和音は、その響きの均衡を保つことが非常に難しい。
たとえばピアノ・ソロであれば、美しく成立することもありますが、アンサンブルの中では極めて精密な調整が必要になります。
もちろん、不安定な和音を避けることで得られるメリットも多くあります。しかし、私の音楽においてそれを排除してしまえば、
本質そのものが失われてしまうのです。
15.もし「時代」という楽曲が昼と夜の境界に咲く一輪の花だとしたら、それはどのような香りを放ち、それを見つめる者にどのような記憶を呼び覚ますでしょうか。
Hiron:非常に詩的で、難しい問いですね。あえて言葉にするなら、
その花の香りは、すでにこの世界から失われてしまったものです。
それを伝えようとしても、伝える術がありません。
言葉を重ねても、どこか陳腐に感じられてしまう。そのような性質の香りです。
16.新作のビジュアルには象徴的な要素が秘められています。このコンセプトの背後にあるメッセージはどのように読み解くべきでしょうか。長年のファンのために用意された特別な「鍵」は存在するのでしょうか。
Hiron:象徴とは、明確に解釈されるために存在するものではありません。むしろ、それぞれの受け手の中で、異なる意味を持つことにこそ価値があります。
私は、聴き手に自由に感じてほしいと思っています。
自分と同じように感じてほしいとは、まったく考えていません。
ただ、長く作品に触れてきてくれた方であれば、ある種の「連続性」には気づかれるかもしれません。
それは鍵というよりも、積み重ねられてきた時間そのものなのだと思います。しかし、その香りは、見つめる者の心の中には確かに残り続けます。それぞれの「時代」の記憶は、どのようなものなのでしょうか。それはきっと、感じ取った人の数だけ存在するのだと思います。
17.あなたの作品には映画的な次元があります。音符が譜面に現れる前に、あなたは映像を「見る」のでしょうか、それとも未だ存在しない世界の質感を「感じる」のでしょうか。
Hiron:私の中では、映像的なイメージ、言語的なイメージ、そして音楽が、同時に存在しています。
ただ、その世界は再現することが難しく、完全に伝える術もありません。できる限り近づけたいという思いで作品にしていますが、
現時点では、まだ十分に実現できているとは言えません。
言うなれば、イデアの領域にある音楽を、不完全な形で現実に写し取っているのだと思います。
18.HIRON WORKSのもとで音楽的告白を行うために必要な静けさを得るための、護符のような存在や場所はありますか。
Hiron:特定の場所や物に強く依存することは、あまりありません。
ただ、私の家は、外界の喧騒から切り離された空間だと感じています。そういう意味では、静かな聖域のようなものかもしれません。
19.ヴィジュアル系において仮面は根源的な象徴です。この新章において、それは防御の壁なのでしょうか。それともHironという存在の「精神的幾何学」を際立たせる要素なのでしょうか。
Hiron:仮面は、私の中で象徴的な意味を持っています。
たとえば、ダース・ベイダーや「オペラ座の怪人」のような存在も、そうでしょう(笑)。
それは単なる装飾ではなく、積み重ねられてきた悲しみや苦しみ、 いわば、時間の年輪の象徴なのだと思います。
20.音楽・絵画・詩といった他の創造者たちの宇宙において、あなたは何を求め、それをどのように自身の創作意欲へと還元しているのでしょうか。
Hiron:すべての芸術は、インスピレーションの源です。
それぞれの芸術家が持つスタイルや作風は、常に新しいイメージを呼び起こしてくれます。中でも私は、文学から強い影響を受けることが多いように感じています。
21.日本文化は規律と礼を重んじます。武士の規律や伝統への敬意は、現代のスタジオにおけるあなたの制作姿勢にどのように反映されていますか。
Hiron:武士の規律や伝統への敬意は、私にとって重要な要素のひとつです。それは制作姿勢というよりも、私自身の美意識の形成に大きな影響を与えてきました。
武士道における自己統制の思想、すなわち、無駄を削ぎ落としていく姿勢。その積み重ねが、最終的に作品の純度を高めていくのだと思います。
22.すべてが可視化されるSNS時代において、ヴィジュアル系が大切にしてきた「神秘性」を保つことは今も可能なのでしょうか。
Hiron:私自身は、神秘性を保とうとしているわけではありません。
ただ、もし神秘性を大切にするのであれば、
すべてを語らないという選択は必要になるでしょう。
あえて余白を残すこと。その余白の中で、受け手が自分自身の物語を見出す余地が生まれるのだと思います。
23.「もののあはれ」という概念は日本芸術の根底に流れています。HIRON WORKSは、この古来の哲学を現代人に翻訳する試みなのでしょうか。
Hiron:「もののあはれ」は、日本という文化に根ざした概念でありながら、本質的には普遍的な感覚だと考えています。
それを意図的に翻訳しようとしているわけではなく、
むしろ自然に滲み出てくるものです。もし結果として、それが現代の人々に伝わるのであれば、それは非常に幸運なことだと感じます。
24.異なる文化圏に生きる人々の心へ、日本的な感性と美意識を届けるという高貴な使命を、どのように捉えていますか。
Hiron:
自分の中にあるものを、どこまで純粋な形で提示できるか。
それが最も重要なことだと思っています。それが異なる文化の中でどのように受け取られるかは、完全に制御できるものではありません。使命という言葉には、やや大げさな響きを感じます。
私はそこまでのものではありません。
ただ、現代において、私の表現が日本的な情趣を強く内包していることは確かだと思います。
そして、誠実に作られたものは、必ずどこかで共鳴すると信じています。
25.最後に、Hironさん。このソロプロジェクトを通して、「時」はあなたについて何を語り継いでほしいと願いますか。これらの「美しき日々」が歴史となったときに。
Hiron:時間に対して、何かを残そうとは思っていません。
むしろ、その瞬間において真実であったものが、そのまま残れば十分だと考えています。もし何かが語られるとするなら、それは特別な何かではなく、ただ一つ。“誠実に向き合っていた”
その事実だけでいい。私は、そのように思っています。
--- END ---
Contact Email [email protected]
Issued By Ajia no Tengoku
Country Romania
Categories Arts , Movies , Music
Tags hironexamadeus , hironexafterimage , hironworks , visualkei , jrock , ajianotengoku
Last Updated April 14, 2026